シドニーからBathurstまで車で3時間半、Cowraまではさらに1時間半かかる。少し遠いのでなかなか行く機会がなく、今回20年ぶりの再訪だ。
Lithgowに住んでいる友人のマリーがキャラヴァンで旅をしていて、ちょうどCowraに滞在していた。彼女の友人たちと一緒に、キャラヴァンパークに集合し、ワインを開けて夕食。皆旅が好きなので、いろいろな話を聞けて楽しかった。
翌日、マリーと一緒に、Cowra Japanese Gardenを訪れた。もと捕虜収容所だった場所を、素晴らしい日本庭園に作り変え、毎年9月にはSakura Matsuriが開催され、日本文化の交流の場となっている。

立派な門ができていて、中に入ると、枝垂れ桜が並んでいる。

入り口の看板は昔と同じ。日本語の手書き文字が下手なままなのはわざとなのかな。

チケット売り場や売店、カフェを抜けて庭園に入ると、釣り鐘があり、誰でも鳴らすことができる。

この日本庭園は、伝統的な池泉回遊式のデザインだが、桜や松、椿などが、オーストラリアのネイティヴ・プランツと一緒に植えられていて、不思議な風景を作っている。

池には鯉もいるが、今は寒いのであまり動かない。

今の時期、花はあまりないが、赤やピンクの椿が美しい。

池を見下ろす丘の上に茶室がある。昔ここへ来たときは、お茶会をやっていた。

庭を一周し、入り口へ戻り、ギャラリーへ。ここには日本の絵画や工芸品が展示されている。

外にある枯山水。

この庭園をデザインした中島健。

着物や陶器、

東大寺や金閣寺の模型もある。

カフェでコーヒーとケーキのあと、

帰路につくマリーと別れ、僕はCowra Visitor Centreへ。

第二次世界大戦末期、Cowraの収容所には、日本人、イタリア人、インドネシア人などの捕虜が収容されていた。1944年8月5日、日本人捕虜が自殺的な集団脱走を企てた。収容所を囲む木の塀に押し寄せ、鉄条網の上に毛布をかけて乗り越えようとして、警備兵に200名以上が撃ち殺された。Cowra Breakoutと呼ばれる、悲惨な事件だ。

センターの奥に、その時の様子が展示されている。



暗室では、ホログラムを使った短い映像が上映されている。



帰りに、Visitor Centreの売店で売られていたカウラ関係の書物の中に「Blankets on the wire(鉄条網に掛かる毛布)」を見つけたので購入した。2006年にAustralia-Japan Research Projectから発行されたものだ。

20年前、ヘレンが連れてきてくれたこの場所へ、いつかまた来ようと思う。次は花の季節に。