2007年06月26日

「The U.S. vs. John Lennon」David Leaf & John Scheinfeld

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「The U.S. vs. John Lennon」USA 2006
Directers:David Leaf & John Scheinfeld

雨の中、パディントンへ行って「The U.S. vs. John Lennon」を観てきた。パディントンには映画館が3軒あって、ちょっと他とは違ったセレクションで面白い。
この映画は、ヴェトナム戦争を進めるアメリカ政府に反対し、Love&Peaceを訴え続けたジョン・レノンのドキュメンタリーだ。1960年代後半から、彼は様々な反戦運動にかかわり、デモ隊は「Give peace a chance」を合唱してホワイトハウスを取り囲んだ。そのためニクソン大統領やFBIはジョン・レノンを一種の扇動家、要注意人物としてマークし、アメリカから追い出そうとした。それでもニューヨークが気に入ったジョンとヨーコは苦労してグリーンカード(永住権)を手に入れた。同時期に息子のショーンが生まれ、ジョンとヨーコはつかの間の幸せを得る。子育てするジョンは本当に楽しそうだ。
ただこのドキュメンタリーは、ぼくにとってはあまり新しい情報がなく、リアルタイムで見聞きしてきた事実をあたらめて復習しましたといった感じだ。映画としては、「Copying Beethoven」のようにフィクションを補助線に使って、現実の新しい局面を描き出すほうが好きだ。
映画の中でヨーコが語るように、ジョン・レノンは死んでも、彼の歌はいつまでも残るだろう。
「War is Over」の下に小さく書かれた「if you want it」というセンテンスが印象的だ。この命題が正しければ、「戦争が今も終わっていないのは、あなたが望んでいないからだ」ということになる。
戦争が終わることを望まないのは誰か?
はたして平和にチャンスはあるだろうか?

2007年06月18日

TVで観た映画2本

 このところ雨ばかりなので、ついついTVを観る時間が多くなった。うちではケーブルTVを引いていて、Movie Channelも契約しているので各国の映画が観られる。そんな中で偶然見つけた掘り出し物の二つの映画。

■「La Grande Bouffe(最後の晩餐)」フランス/イタリア 1973年 監督:Marco Ferreri マルコ・フェレーリ。
フランスらしい、悪趣味に満ちた傑作だ。ご清潔なマクドナルドがはびこるアメリカでは絶対に作れない。人生に飽いた4人の男たちが死ぬまで食い続ける物語で、下品で猥褻、ウン・ゲロ・エロのオンパレードだ。彼らの一人はシェフなのだが、食っているモノがどれも美味しそうに見えない。ただひたすら大量に食い続けるだけだ。真っ昼間に夫婦で観るにはふさわしくない映画かもしれないがとても面白かった。同じくバッド・テイストの傑作、ジョン・ウォーターズの「ピンク・フラミンゴ」には欠けていた「食の魔」がここにある。

■「誰も知らない(Nobody knows)」日本 2004年 監督:是枝裕和
社会と親から見捨てられた子供たちの物語。思わせぶりな長回しのカットが多すぎるが、子供たちの演技は皆すばらしい。主役の柳楽優弥はきれいないい眼をしている。子供たちをネグレクトしてしまった母親役のYOUも、あまり憎めないように描かれているのが効果的だ。この映画のモデルになったという、実際に起きた事件のほうはもっと悲惨な状況だったようだ。その事実に拘泥せず、淡々とした描写に徹したことは好ましいが、現実に拮抗できる物語の強さとしては、たとえば山本直樹の「フラグメンツ」や「ありがとう」のほうが上だと思う。

2007年05月29日

「Pirates of The Caribbean : At World's End」

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 今日は「Pirates of The Caribbean : At World's End」を観てきた。前2作よりももっとスケールが大きくなり、奇怪強烈なキャラクターが一杯で、2時間30分、飽きずに楽しめる。
 冒頭で、捕らえられた海賊たちが次々と首吊り処刑にされていくとき、一人の少年が静かに歌を歌い出し、それが広まっていくシーンは感激的だ。最後の戦闘シーンで、砲撃されて沈んでゆくイギリス船の名前が「Endeavour」なのも興味深い。Endeavour号は、1770年にイギリス人のキャプテン・クックがオーストラリアを「発見」したときの船だ。映画の中で、Endeavour号の船長室に世界地図が壁に貼ってある。そこに描かれているオーストラリアは、半分くらい空白になっているので、「発見」前なのだろう。
 ストーリーはとても複雑なので、数人で観て、細部を補うのがいいかもしれない。映画が終わった後、ぼくらの周りの人たちもあれこれ話し合っていた。
 上の写真は、復元されたEndeavour号。シドニーのダーリング・ハーバーにあるMaritime Museumに係留されている。

2007年05月01日

「Copying Beethoven」Agnieszka Holland

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 今日の午後、ボンダイ・ジャンクションで「Copying Beethoven」という映画を観てきた。日本では昨年末に公開されたようだが、オーストラリアへは先月来たばかりだ。監督はAgnieszka Holland(アグニェシュカ・ホランド)。ポーランド出身でアメリカ在住の女性だ。

 この映画は、1824年から3年間、ウイーンを舞台にべートーヴェンの晩年を描いたもので、Anna Holz (アンナ・ホルツ)というcopyist(写譜師)がキーになる。23才の彼女が音楽家としてのべートーヴェンを最期まで支えていたのだ。
 死期の迫ったべートーヴェンがベッドに横たわり、最後のカルテットを口述し、それをアンナが採譜していくシーンは、モーツアルトの生涯を描いた「アマデウス」とそっくりだ。

 圧巻は「交響曲第九番」の初演シーンだ。ベートーヴェンはアンナの助けであの有名な合唱パートを完成させたが、初演の日、彼は難聴のため指揮棒を振ることに怯えていた。アンナはベートーヴェンを励ましてステージに送り出し、自分は演奏者の間に隠れて、楽譜を見ながら指揮をし始める。そして指揮台に立つベートーヴェンは彼女を頼りに、この感激的な交響曲の指揮をやり遂げるのだ。

 ベートーヴェンの音楽は素晴らしい。だが、彼自身は倣岸不遜で頑固な変人、生活破綻者として描かれている。部屋は汚れ放題で、ネズミがうろついている。洗面器で身体を洗ったりするたびに水をこぼし、階下の住人が怒りまくるのだが、べートーヴェンは気にもしない。耳が悪くなっているので、補聴器としてラッパを持ち歩いている。いつも金をせびりに来る甥のカールにも悩まされている。音楽の完成度とは逆に彼の人生は下降していく。

 ベートヴェンはEd Harris(エド・ハリス)、アンナはDiane Kruger(ダイアン・クルーガー)が演じ、二人とも説得力のある演技で素晴らしい。ただ、映画としては、パンク小僧として魅力的なモーツアルトを描き出した「アマデウス」のほうが良くできている。貧しい家に生まれ、腐敗した貴族社会と自由を奪う政府に反抗し続けたベートヴェンもまたパンクだったのだけれど。

 ベートヴェンがアンナにささやく "音楽は神の息吹きだ"。ベートヴェンと同じドイツ人のヨアヒム・E・ベーレントが書いた「世界は音〜ナーダ・ブラフマ」という本を思い出した。「神は音なり、音は神なり」という古代インドが見いだした真理をベートヴェンも知っていたのだ。