2007年05月01日

「Copying Beethoven」Agnieszka Holland

beethoven.jpg
 今日の午後、ボンダイ・ジャンクションで「Copying Beethoven」という映画を観てきた。日本では昨年末に公開されたようだが、オーストラリアへは先月来たばかりだ。監督はAgnieszka Holland(アグニェシュカ・ホランド)。ポーランド出身でアメリカ在住の女性だ。

 この映画は、1824年から3年間、ウイーンを舞台にべートーヴェンの晩年を描いたもので、Anna Holz (アンナ・ホルツ)というcopyist(写譜師)がキーになる。23才の彼女が音楽家としてのべートーヴェンを最期まで支えていたのだ。
 死期の迫ったべートーヴェンがベッドに横たわり、最後のカルテットを口述し、それをアンナが採譜していくシーンは、モーツアルトの生涯を描いた「アマデウス」とそっくりだ。

 圧巻は「交響曲第九番」の初演シーンだ。ベートーヴェンはアンナの助けであの有名な合唱パートを完成させたが、初演の日、彼は難聴のため指揮棒を振ることに怯えていた。アンナはベートーヴェンを励ましてステージに送り出し、自分は演奏者の間に隠れて、楽譜を見ながら指揮をし始める。そして指揮台に立つベートーヴェンは彼女を頼りに、この感激的な交響曲の指揮をやり遂げるのだ。

 ベートーヴェンの音楽は素晴らしい。だが、彼自身は倣岸不遜で頑固な変人、生活破綻者として描かれている。部屋は汚れ放題で、ネズミがうろついている。洗面器で身体を洗ったりするたびに水をこぼし、階下の住人が怒りまくるのだが、べートーヴェンは気にもしない。耳が悪くなっているので、補聴器としてラッパを持ち歩いている。いつも金をせびりに来る甥のカールにも悩まされている。音楽の完成度とは逆に彼の人生は下降していく。

 ベートヴェンはEd Harris(エド・ハリス)、アンナはDiane Kruger(ダイアン・クルーガー)が演じ、二人とも説得力のある演技で素晴らしい。ただ、映画としては、パンク小僧として魅力的なモーツアルトを描き出した「アマデウス」のほうが良くできている。貧しい家に生まれ、腐敗した貴族社会と自由を奪う政府に反抗し続けたベートヴェンもまたパンクだったのだけれど。

 ベートヴェンがアンナにささやく "音楽は神の息吹きだ"。ベートヴェンと同じドイツ人のヨアヒム・E・ベーレントが書いた「世界は音〜ナーダ・ブラフマ」という本を思い出した。「神は音なり、音は神なり」という古代インドが見いだした真理をベートヴェンも知っていたのだ。