2025年01月30日

「天国と地獄」黒澤明


昨日は友人たちと一緒に、黒澤明の「天国と地獄」を観てきた。英語題名はなぜか「High and Low」。
会場はシティのSurry Hillsにある「Golden Age Cinema and Bar」という、60席しかない小さな映画館。ここでは新作中心の大きな映画館ではかからないような、世界各国の名作をセレクトしている。日本映画では他に、今敏の「パーフェクトブルー」を上映予定で、もうチケットは売り切れである。
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シアターの隣はレトロな雰囲気のバー・レストランで、オーダーしたものを座席に持ち込んでもOKなのがありがたい。
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僕が「天国と地獄」を観たのは、たぶん50年くらい前だが、結構細部まで憶えているものだ。素晴らしい役者・映像・音楽、クライム・ストーリーとして、ものすごく良くできている。映画の面白さを堪能できる。もちろん有名なラスト・シーンは何度見ても衝撃的だ。
「天国と地獄」が公開されたのは1963年。戦後の復興期の日本では、もうすでにあからさまな貧富の差が生まれていた。バラックとドラッグにまみれた汚い町に住む犯人は、『俺は生まれてからずっと地獄にいたんだ』と語る。丘の上の大邸宅を見上げる暮らしの中で、彼の鬱屈は憎悪へ変化する。もうどうでもいい、と、desperate(絶望的な、自暴自棄の、やけくそ)になり、やがて爆発する。
このどうしようもなく圧倒的な格差問題は、近年の映画「ジョーカー」や「パラサイト」、漫画「闇金ウシジマくん」でも描かれていた。
僕らは今もまだ、あの閉ざされたシャッターの前で、なすすべもなく座り続けているようだ。

2021年11月08日

「Ithaka」Ben Lawrence

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昨夜は、友人に誘われて「Ithaka」というJulian Assangeについてのドキュメンタリー映画を観てきた。
オーストラリア人のジュリアン・アサンジはWikiLeaksを作り、各国の政府の機密文書を公開し、数々の悪行を暴いた。その罪で、もしアメリカに引き渡されると、刑期は175年になるそうだ。
映画館Randwick Ritz Cinemaの前には、のぼりが立ち、Free Assangeを訴えるキャンペーンカーが停まっていた。
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この映画の公開は「Sydney Film Festival」の一環で、他にも興味深い映画がシドニーの何ヶ所かで上映されている。人気のイヴェントなので、ロビーは賑わっていた。
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ヘレンと一緒によく来たシアターに入るのは感慨深い。最後に二人で来たのは何年前になるだろう。
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映画の始まる前と終わった後に、司会の女性と、映画監督、ジュリアンのお兄さんが、壇上に上がり、スピーチをした。
映画は、ジュリアンの父親とジュリアンのパートナーを中心に語られる。
2019年4月11日、ロンドンのエクアドル大使館に逃避していたジュリアンはイギリス警察に逮捕され、今もロンドンの刑務所に収容されている。

ジュリアンは10年以上の監禁生活で、うつ状態になっている。ジュリアンは50歳、お父さんはもう76歳だ。パートナーは二人の子供たちを独りで育てている。それでも家族が再会できる日を夢見て、ジュリアンの抑留が不法であること、即時の解放を訴え続けている。

2021年03月12日

「Labyrinth of Cinema」大林宣彦

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昨夜は、大林宣彦監督の遺作「Labyrinth of Cinema」を観てきた。
原題は「海辺の映画館-キネマの玉手箱」。
見に行ったのは、ノースにある「Hayden Orpheum Picture Palace」という、老舗の映画館。
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美しいアール・デコの建築が残されている貴重な映画館だ。
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「Japanese Film Festival」の一環で、シドニーや各地で、日本映画が上演されている。
『Radical Japanese Filmmaking from the 1960s to the 2000s』というカテゴリーでは、新宿泥棒日記、エロス+虐殺、薔薇の葬列、ピストルオペラ、鉄雄、という濃い映画が目白押しだったのだが、日時が都合悪かったり、早々にチケットが売り切れてしまい、どれも見逃してしまった。
昨年、ガンで亡くなった大林宣彦は、今回のフェスで追悼特集が組まれている。
「Labyrinth of Cinema」は160分という長尺で、彼の映画人生の集大成だ。
核にあるメッセージは真剣深刻な「反戦」なのだが、ポップで軽薄でフザケたシーンが同居している。
あらゆる映画の要素を詰め込んでシャッフルした構成は、昔懐かしい、ウィリアム・バロウズのカット・アップとフォールド・インという手法を思い出した。
ストーリーも時空もcut-up/fold-inされ、因果関係はズタズタだ。
映画の中の中の・・・入れ子構造の中で、切り刻まれたロマンスとドタバタ劇と殺戮シーンの断片が放り出されている。
それでも、反戦という核だけは最後までブレることはない。
タイトル通り、めまいがするような映画の迷宮を味わえる大作だ。

2020年03月04日

「Parasite」Bong Joon Ho


昨日、ポン・ジュノ監督の「パラサイト」という映画を観てきた。
カンヌ映画祭とアカデミー賞の最高賞を獲得した韓国映画というので、オーストラリアでも以前から話題になっていた。
脚本、演技、演出、映像、音楽、すべてとても良くできていて、面白かったのだが、その背景にあるものはとてつもなく重い。
かび臭く湿った半地下の劣悪な部屋で暮らす貧困家族が、身分を偽って、上流階級の家族に取り入って、仕事を得る。
貧しくても仲が良く決して頭が悪いわけではない親子4人が策略を練って、裕福な家庭に入り込んで行く様子は痛快だ。
スラップスティック・コメディのように楽しめた前半から、後半は一気にモードが変わり、華やかなパーティーの最中、血まみれの惨劇になだれ込んでいく。

この映画は、今の韓国が階級社会であること、富裕層と貧困層の間には大きな格差があることが描かれている。
登場人物は皆、いい人だ。極悪非道な悪党は誰もいない。皆いい人なのに、なぜこんなことになってしまうのか。殺し合う必要などなかったはずなのに。
社会システムが悪い、としか言いようがないが、では、それを変えるにはどうしたらいいのだろう?
映画の最後のシーンは辛い。
豪邸の地下室に隠れ住んだ父を思って、息子は夢見る。
いつの日か金持ちになって、きれいなスーツに身を包み、母と一緒に、あの豪邸に行き、地下室の父親を救い出しに行く、という夢。
彼の夢はかなわないだろう、と思うと悲しい。

2015年10月14日

「Oddball」directed by Stuart McDonald

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Oddball(オッドボール:変わり者という意味)というおかしな名前を付けられた犬が主人公で、彼はキチン・ファームでニワトリをキツネから守っている。
OddballはMaremma Sheepdogという種類の牧羊犬で、何度も騒動を引き起こしたイタズラ者なので、役所からは目を付けられている。
そんな彼が、キツネに襲われて絶滅寸前になっている、Middle Islandという島に棲む小型のペンギンを救うようになる。
Oddballはニワトリよりペンギンを守ることのほうが好きだったのだ。
この映画は実話で、Middle Island Maremma Projectと呼ばれて、犬を使ってキツネからペンギンを保護している。
Middle Islandは、Victoria州のGreat Ocean Roadにほど近いWarrnamboolの沖合にある小さな島で、浅瀬を歩いて渡れる。
犬やペンギンの愛らしい様子とコントラストをなす人間たちの複雑な関係も面白い。
役者たちは皆とてもうまいし、いわゆるキャラが立っている。
美しい海辺の風景や夜空も見所で、子供たちと 一緒に見るのに最適な映画だ。

2015年07月29日

「Love & Mercy」directed by Bill Pohlad


「Love & Mercy」は、The Beach BoysのリーダーBrian Wilsonの再生の物語。
1966年に名作「Pet Sounds」を作り上げた後、ブライアン・ウイルソンは過食と酒と薬で身も心も持ち崩し、20年間引きこもりになっていた。
横暴な父親に育てられたブライアンは20才でビーチ・ボーイズとして成功したが、40才になっても主治医のDr. Eugene Landyに人間関係から金、音楽活動まで牛耳られていた。
24時間監視され、何もかも支配された中で、ぼんやりと日々を過ごすブライアン。
「'Til I Die」という曲に歌われているような、どこにも行き場所がなく、魂を殺される状態だった。


そんな彼が1986年のある日、車の販売店でMelinda Ledbetterと出会う。
ブライアンを愛したメリンダは、彼をこの泥沼から救い出し、もう一度彼の人生を取り戻すため、ドクター・ランディに戦いを挑み、そして見事に成功する。
メリンダはブライアンに「Good Vibrations」を与え、彼を立ち直らせた。


映画の中では「Pet Sounds」の録音風景が面白い。
ブライアンが次々に奇想天外な演奏を要求をし、それが見事に曲になっていく。
ブライアンの音に対する偏執狂的なこだわりと内省的な詩は、明るく軽い歌を演りたいバンドのメンバーとの軋轢を深めてしまったが。

ビーチ・ボーイズというバンドにとってブライアン・ウイルソンは、ローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズ、ピンク・フロイドのシド・バレットだった。
ただ違うところは、彼を救ってくれる一人の女性と出会ったことだ。
もしブライアンがメリンダと出会わなかったら、とっくに亡き者にされていただろう。マイケル・ジャクソンのように。

メリンダと結婚したブライアンは音楽活動を再開し、ビーチ・ボーイズとしても共演を果たした。
ブライアンが「Love & Mercy」で歌ったように、愛と慈悲の大切さを描き出した素晴らしい映画だ。

2015年01月27日

「Paper Planes」Robert Connolly

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「Paper Planes」はオーストラリア人監督のRobert Connollyが撮った新作。
子供にも向く映画なので、このスクールホリデイに合わせて公開されたばかりだ。
主人公は12才の男の子ディラン。父親と二人で田舎町に住んでいる。
5ヶ月前に母親を自動車事故で失い、そのショックで引きこもりになった父親は仕事もせずTVを見ながらソファで寝ているだけだ。家や庭はぼろぼろで荒れ放題。
そんなある日、デイランは学校で紙飛行機の折り方を習う。夢中になったディランはいろいろな折り方を工夫し、紙飛行機の飛距離を競うコンテストに出て入賞する。
そしてオーストラリア代表の一員として、東京で開催された世界大会「Paper Plane Junior Championship」に出場し、見事優勝する。

ディランの活躍は彼の父親が妻の死から立ち直るきっかけにもなる。
heartwarmingなストーリーなので、子供たちにもぜひ観て欲しい映画だ。
映像も美しく、オーストラリアの典型的なカントリーサイドとシドニー、そして東京のコントラストが面白い。
マンガちっくなシーンやご都合主義な展開、外国人が日本を描く時にありがちな大げさな演出も、「料理の鉄人」程度に抑えられているので、それほど気にならない。

ちなみに、実際に行われている紙飛行機大会も、下のビデオのような様子で盛り上がっている。

2014年08月27日

「The Hundred-Foot Journey」Lasse Hallström

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スウェーデンの映画監督ラッセ・ハルストレムの新作「The Hundred-Foot Journey」を観てきた。
フランスの風光明媚な山間にあるミシュランの星付きレストランと、その真ん前にオープンしたインド料理店「Maison Mumbai」を舞台にした、フード・バトルと恋の物語。
「美味しんぼ」にでも出てきそうなheart-warmingな"いい話"で、とても良かった。
ぼくはフレンチもインディアンもどちらも大好きなので、映画の中に出てくる料理がどれも美味しそうでたまらない。
新鮮なウニから森のキノコまで揃うマルシェがある豊かな田舎町も気に入った。


それにしてもラッセ・ハルストレムは食べ物の映像を撮るセンスがいい。
「ショコラ」で描いたチョコレートの官能は見事だった。
この「The Hundred-Foot Journey」で、主人公のインド人シェフが勤めたパリの三ツ星レストランも面白い。
ダイニングは猛烈にモダーンで、化学実験室みたいなキッチンで、斬新なテクニックを駆使して彼が作リ出す最先端の料理の数々はアートだ。
それでも彼は三ツ星シェフを辞めて田舎町に戻る。
亡き母から教わったスパイスの香りは、家族や恋人と過ごした時間と同じように、涙がでるほど懐かしい。
食べ物は思い出(Food is memories)だから。

2014年02月12日

「Saving Mr Banks」John Lee Hancock

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「Saving Mr Banks」は「メリー・ポピンズ」がディズニー映画として1964年に公開されるまでの制作物語。
原作者のP. L. Traversはとてつもなく気難しく、そんな彼女に手を焼きながらもなんとかいい映画をつくろうと努力する制作チームのやりとりがおもしろい。


トム・ハンクスが演じたウォルト・ディズニーがとても魅力的だ。
トラヴァースはアメリカ人のフレンドリーな態度も甘いドーナツもコーヒーも大嫌いで、制作チームが用意した絵コンテや音楽に、あれが気に入らない、これもダメと難癖を付ける。
ペンギンが踊るシーンに、彼女が大嫌いなアニメーションを使うと知って、翌日いきなりロンドンへ帰ってしまう。
驚いたウォルト・ディズニーは彼女を説得するため独りでロンドンへ飛ぶ。
そんなトラヴァースもついに「Let's Go Fly A Kite」を一緒に歌い踊り出す。


トラヴァースがくりかえし思い出すのは、生まれ故郷のオーストラリアの田舎町での日々だ。
Pamela Lyndon Traversの本名はHelen Lyndon Goffといい、ペンネームに自分の父親の名前であるTraversを使った。
彼女の父Travers Goffは銀行員だった。仕事で行き詰まった彼は酒に溺れ、肺を病み、彼女が8歳の時に死んでしまう。
映画の中でトラヴァースが言ったように「メリー・ポピンズ」は子供たちを救うお話ではない。
父親との楽しい思い出と、父親を助けられなかった悲しみがないまぜになっている。
だからこの映画のタイトルは「Saving Mr Banks」なのだ。

以前、ミュージカルを見に行った時に書いたが、「メリー・ポピンズ」は家族再生の物語である。
これからも皆に読み継がれていってほしいものだ。
原作者のトラヴァース自身は結婚もせず家族もなく孤独に死んだ偏屈者だったが。
http://homestayinsydney.sblo.jp/article/52077302.html

2014年01月08日

「Philomena」Stephen Frears


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1950年代のアイルランド。まだ10代の少女だったフィロミーナは行きずりの男と出会って妊娠してしまう。
厳しい修道院に収容されたフィロミーナは、同じように父なし子を産んだ女たちと一緒に、洗濯女として働かされる。
母親たちが子供たちに会えるのは一日に一時間だけだ。
そして子供たちは養子に出される。この修道院は子供たちを売ってカネを稼いでいたのだ。
フィロミーナの息子アンソニーも3歳の時に誰かに連れられていってしまった。
フィロミーナはそのことを50年間誰にも喋らず秘密にして生きてきた。
一方、オックスフォードを出て、BBCでエリート・ジャーナリストと働いていたマーティンは、会社をクビになり、鬱々と過ごしていた。
あるきっかけでマーティンと出会ったフィロミーナは、彼と一緒に息子を探す旅に出ることになる。


狂信的なカトリック教会の横暴が描かれた重たく悲しい話なのだが、Judi Denchが演じるPhilomenaの開けっぴろげで明るい、いかにも田舎のおばさんらしさと、Steve Cooganが演じるMartin Sixsmith(この映画の原作者でもある)のエリートぶりの対比が面白く、コミカルな味付けがしてあるので楽しめる。
実はフィロミーナの息子アンソニーは死んでしまっていたのだが、息子が故郷のアイルランドを忘れないでいてくれたこと、最期まで母親である自分を探そうとしてくれたことを知ってフィロミーナはうれしく思う。
ジャーナリストとして書くべきことは大国の政治や国際関係で、human interest(三面記事、お涙頂戴の人情物語)なんかに興味ないよと言い放っていたマーティンは、彼女の話を書くことになる。
フィロミーナをこんな目にあわせた修道院長に対して彼女はforgiveと言った。そんな簡単に人を赦すことができるのものなのだろうか。ぼくはマーティンと同じく赦せない思いなのだが。

2013年11月05日

「About time」Richard Curtis

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「Bridget Jones's Diary」や「Notting Hill」,「Love Actually」などラブコメな作品で有名なRichard Curtisの新作。
日々の大切さを教えてくれるheartwarmingな良い映画だ。

主人公のティムは21才になった時、父親にある秘密を打ち明けられる。彼の一家は男の子だけタイムトラベルができるというのだ。
ティムは驚きながらも、喜んでこの能力を使っていく。
自分の身の周りのことに限られるが、過去に戻って自分の好きなように何度でもやり直せるのだから。
ロンドンに出て弁護士になり、可愛いガールフレンドを見つけて結婚し子供をもうける。
そんな幸せなある日、ティムの父がガンで死んでしまう。
ティムは父に会いに過去へ飛び、さらに父と一緒にタイムトラベルをする。ティムがまだ小さかった頃、父と一緒にビーチで遊んだ、二人の懐かしい思い出の日に。
それを最後にティムはタイムトラベルをやめる。
自分の都合のいいように過去を改変すること、二番煎じのように日々を生きるのをやめる。
「毎日を最後の日のように生きていこう、ぼくの特別な普通の人生を(my extraordinary ordinary life)」。



2013年08月30日

「What Maisie Knew」Scott McGehee and David Siegel

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主人公は6歳のメイジー。母親はロック・スター、父親はアート・ディーラー。裕福な一家はニューヨークの高級アパートメントに住んでいる。
両親はメイジーをかわいがっているが、仕事が忙しくてメイジーと遊ぶ暇もない。たまに顔を合わせれば二人は言い争い、喧嘩してばかり。ついには離婚し、メイジーは母と父の別々のアパートで10日ずつ暮らすことになる。
二人はメイジーの面倒を見させるために愛してもいない相手とさっさと再婚する。まるでメイジーに新しいおもちゃを買い与えるように。


えらく現代的な設定だが、原作はあの傑作「ねじの回転」を書いたヘンリー・ジェイムズの短編で、1897年の作と知って驚いた。
Maisie役のOnata Aprileがとても可愛い。
子供らしい明るい笑顔から、怯えて不安な様子まで、演技がものすごくうまくて感心した。
ストーリーについては、ラストが大甘だ、これからどうするつもりだ、と批判する人がいるかもしれない。
neglectされた子供の実態についても、昔観た映画「Precious」のほうがより現実に近いだろう。


それでも、この映画は、子供にとって物質的な満足は必要だが、それよりもっと大切なのは、感情的な安定であり、両親が愛し合っていることだ、と教えてくれる。
それが「メイジーの知ったこと」という題名の通り、彼女が知り、観客であるぼくらが知ったことなのだが、メイジーの両親のような人たちは永遠に知らないままかもしれない。

2013年05月28日

「Song For Marion」Paul Andrew Williams

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今日たまたま見に行った映画「Song For Marion」は、今のぼくらの状況や気持ちにとてもシンクロナイズした佳作だった。
年老いた男が妻の死をきっかけに人間関係をつなぎ直そうとする。といってもクリント・イーストウッドの傑作「グラン・トリノ」のような展開ではなく、もう少し現実味のあるストーリーだ。コミカルな味付けがしてあるので暗くない。

イギリスの田舎町に住むアーサーとマリオンの老夫婦。偏屈者のアーサーは人付き合いが苦手で一人息子ともあまりうまくいっていない。ガンが再発したマリオンは抗がん剤治療を諦め、数ヶ月の余命を過ごすことにした。
マリオンが参加しているコーラス・グループがコンテストに出ることになり、その予選でマリオンはソロでCyndi Lauperの「True Colors」を歌う。
歌なんか歌って何が楽しいとばかり不機嫌そうなアーサーの目を見つめ、彼に呼びかけるように。
- I see your true colors
- And that's why I love you
- So don't be afraid to let them show


マリオンの死後、コーラス・グループを指導するエリザベスはアーサーをグループに引き入れた。
閉ざされていた彼の心が歌うことによって少しずつ変容してゆく。
コンテストの本選、マリオンの代わりにアーサーがソロで歌ったのは、ビリー・ジョエルの「Lullabye (Goodnight My Angel)」だった。
最後の一節は、true colors(本性)を怖れないでというマリオンの呼びかけに応じた彼の返答だ。
- Someday we'll all be gone
- But lullabies go on and on
- They never die
- That's how you and I will be

その晩、アーサーは、マリオンがいなくなって以来寝ることができなかったベッドでようやく眠ることができた。
- You'll always be a part of me
と、思えるようになったに違いない。

2013年01月02日

「Quartet」Directed by Dustin Hoffman

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オーストラリアでは12月26日のBoxing Day(クリスマス・プレゼントのboxを開ける日)に新しい映画が公開される。「Quartet」はダスティン・ホフマンが75才にして初監督したという話題もあり、映画館はいつになく賑わっていた。
Ronald Harwoodの戯曲をもとに作られたこの映画は、リタイアした音楽家が集うリッチな養老院が舞台。美しい田園風景の中、豪華なマナーハウスで暮らす老人たちの様子が面白いが、何よりも音楽の素晴らしさ、楽しさが伝わってくる。
ストーリーはシンプルで大甘だが、年老いた4人のオペラ歌手が再び同じステージに立つまでの紆余曲折を、イギリスの名優たちが見事に演じている。ラストシーンで4人が歌っている様子を見たかったが。
年をとることはあたりまえのことで、人の思いはそんなに変わらない。
もう若い頃のようには歌えない、あんな声はもう出せないとわかっていても、それでも再び歌いたくなる時が来るのだ。
この映画に出てくる人たちの平均年齢は70才以上だと思うが、こういう爺さん婆さんの姿を見ると元気が出る。
日本にも松苗あけみの「カトレアな女達」という傑作がある。もう25年くらい前のマンガだが、誰か映画化してくれないかな。

2012年09月03日

「The Sapphires」Wayne Blair

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Wayne Blairの「The Sapphires」が公開されたので早速観に行ってきた。8年ほど前にオーストラリアでヒットした同名のミュージカルの映画版である。
時は1968年、アボリジニのコロニーで仲良く育った歌が大好きな4人の女の子が、ヴェトナム戦争中のアメリカ軍キャンプ地へ慰問に行く。
サイゴンを皮切りに、長引く戦闘で士気の低下したアメリカ兵を慰めるため、各地のステージで歌い踊る。
オーストラリアの閉ざされた田舎からやってきた4人の女の子は、飲んだくれのマネージャー(Chris O'Dowdが好演)と一緒に世界の最先端へ飛び出して行った。
いわゆるハートウォーミングな映画でハッピーエンドだが、そのストーリーの狭間からは、過酷で悲惨な現実が透けて見える。
白豪主義の時代、アボリジニへのあからさまな蔑視、メンバーの一人はStolen Children(アボリジニの子供たちをさらって白人として教育された)だ。そして戦争。
ヴェトナム戦争は泥沼化し、アメリカ本国では反戦運動が盛んになる一方で、キング牧師が暗殺された。
そんな時代と音楽がバランス良く描かれた素晴らしい映画だ。


2012年08月11日

「Hysteria」Tanya Wexler


タニア・ウェクスラーの「ヒステリア」は「Romantic comedy about the invention of the vibrator in Victorian England」という史実に基づいた傑作な物語。
ストーリーはネタバレになるので詳しくは書かないが、女性のヒステリーを治すため、毎日毎日、右手が腱鞘炎になるほど「治療」に励んでいた若き医者が、友人の発明家が作ったハンド・ドリルみたいなダスターを見て、ある治療器具を思いつくという、真面目にして可笑しいというもの。
女性監督らしく、セクシャルだが下品にならず、映像が美しい。キャラの立った役者たちも皆適役でいい。
この時代、ヴィクトリア朝のイギリスは面白い。
産業革命で工業化を遂げたイギリスは経済的にも文化的にも世界一だった。その反面、ディケンズの「Oliver Twist」に書かれたように、ロンドンには貧民があふれ、切り裂きジャックが夜な夜な女性をばらばらにしていた。刑務所がいっぱいになったので、植民地オーストラリアにせっせと囚人を送り込んでいた頃だ。
この映画の中でも街中は馬糞だらけ。パスツールがやっと微生物を発見した頃なので、衛生観念なんてない。病院の中では医者がウンチまみれの靴で歩きまわり、患者は汚い包帯が巻かれたまま放ったらかしにされていた。
世界の工場だったイギリスは色々なモノを作り出した。産業革命で生まれたバイブレーターによってヒステリアからの解放を発見したこの時代は、女性解放の始まりでもあったのだ。

2012年07月06日

「The Way」Emilio Estevez


Emilio Estevez(エミリオ・エステヴェス)監督が、実の父であるMartin Sheen(マーティン・シーン)を主役に描いた巡礼の物語。監督自身も息子役で出ている。
主人公のトムは無愛想なカリフォルニアの眼科医。妻を亡くし、一人息子のダニエルは40才近くになっても世界を放浪している。ある週末、ゴルフのプレー中に、ダニエルがピレネー山脈で死んだとの連絡が入り、遺体の確認にフランスへ飛ぶ。
ダニエルは巡礼の旅の途中で死んだという。なぜ息子がそんなことをしていたのかトムにはわからない。わからないまま、トムは息子の遺灰を持って、ダニエルが歩きたかった道を歩いてみようと思う。たくさんの巡礼者と歩きながら、要所要所で遺灰を残してゆく。
この巡礼の道は、カソリックの巡礼者たち(ピルグリムズ:pilgrims)が、スペインのガリシアにある聖地Santiago de Compostela(サンティアゴ・デ・コンポステーラ)を目指すpilgrimage routeで、フランスからはピレネー山脈を越えて800Kmもの距離がある山道である。
日本のお遍路さんと同じように、巡礼者たちは皆何かしら悩みを抱えている。タバコをやめるとか単にダイエットのためとかいう軽い理由から、脳腫瘍が治る奇跡を願う牧師まで様々。
美しいピレネー山脈の風景、各国からやってきた巡礼者たちの会話や巡礼宿の様子(変人の宿主が可笑しい)が面白い。
youtubeには下のように実際に歩いた人たちのビデオが一杯アップされている。この映画のほとんどのシーンと同じだ。


トムは3人の同行者と共にSantiago de Compostelaにたどり着き、大聖堂でスモーク・セレモニーを見る。
巡礼はここで終わりのはずなのだが、キリスト教にコミットしているわけでもない4人は、その後も一緒に海が見える地の果てまで歩いて行く。断崖に立つ4人の前には荒波が打ち寄せる海が広がるばかりだ。この行き止まりから、3人は一人一人別れを告げて踵を返し、自分の人生に向かって歩いて行く。
一人になったトムは海に向かって息子の遺灰をすべてぶちまけ、ごく短い間、両手を合わせて祈る。
どんな宗教とも関係なく、人は祈る。何かを願うことも誓うこともなく祈るのだ。

2012年05月24日

「Careless Love」John Duigan

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オーストラリアでは有名な映画監督John Duigan(ジョン・ダイガン)の新作「Careless Love」が封切られたので早速観に行ってきた。
主人公はヴェトナム系オーストラリア人で、シドニー大学で学ぶ賢い女性だ。
学費を払い、失職した父親を助け、両親と弟が住む家を守るために大金が必要なので、夜は娼婦として働いている。
両親にはモデルの仕事で稼いでいるからお金は心配ないと言い、仲の良い友人や一緒に暮らしている優しいボーイフレンドには夜も図書館で勉強しているからとウソをついていた。
ところが彼女のお客の一人が殺されたことから、彼女の写真や記事がニュースになり、素性がばれてしまう。世間に恥をさらし、家族の信頼をなくし、ボーイフレンドは去り、何もかも失ってしまった彼女は、それでも最後には、二つに引き裂かれていた自分の人生を受け入れようとする。
2時間足らずの映画だし、桐野夏生の「グロテスク」のような底なしの深みはないが、なかなか面白かった。なじみのビーチやシドニー大学、Waverley Cemeteryが舞台なのも、地元民としてはなんだかうれしい。
それにしても彼女を買う男たちは皆、醜いか滑稽か哀れだ。怪しいアメリカ人アーティストと真面目らしい日本人ビジネスマンの顧客はまだマシに描かれているが。
わざわざ女子高生の格好をさせ、教室で授業をするプレイをして、スカートの中を手鏡で覗いて楽しむという男もいた。この監督は日本のHENTAI文化もリサーチしたのかな(^^;)。
主人公の専攻がSocial Anthropology(社会人類学)というのも皮肉がきいている。
ラストシーン、彼女が教授たちの前で、娼婦であった彼女の体験を交えて研究発表するのだが、どんな内容なのか詳しく知りたいものだ。

2011年11月09日

「33 Postcards」Pauline Chan

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中国の山間の小さな村にある孤児院に女の子が連れてこられ、自分の名前も知らない彼女はMei Mei(妹妹)と呼ばれて育った。
運良くあるオーストラリア人の男性が10年間ずっとMei Meiに寄付金を送ってくれたおかげで、彼女は学校へ通い、英語の勉強をすることができた。
このオーストラリア人はMei Meiにいつもきれいな絵葉書を送ってくれた。家族と一緒にシドニーに住み、野生動物のレインジャーをしているという彼は、カラフルな鳥や珍しい動物、美しいボンダイビーチ等々、海も青い空も見たことがないMei Meiにとって夢のような話を書き送ってくれた。
彼女が16才になった時、孤児院の児童合唱団の指揮者としてオーストラリアへ行くチャンスが訪れる。Mei Meiは彼に会おうとホテルを抜け出す。苦心の末ようやく探し当てた彼は、殺人犯として刑務所に収監されていた。絵葉書に書かれていたことはすべて彼の作り話だったのだ。
この映画はここから始まる。


Mei Meiの夢だった、素敵なAustralian Daddyと彼のperfect familyには出会えなかったが、二人が代わりに得たものは、助け合うこと、一人ぽっちで家族もいないなら一から作るということ。そんな力強いメッセージにあふれた心温まる映画だ。
地元民としてはシドニーで馴染みの風景が満載でうれしい。

下は、二人の共通の夢だった、理想のオーストラリアで出会う二人。
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2011年08月30日

「Senna」Asif Kapadia

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Formula 1の天才レーサーだったアイルトン・セナの生涯を描いたドキュメンタリー映画。
1994年5月1日、イタリアのサン・マリノで開催されたF1グランプリで、セナはコーナーを曲がりきれず、コンクリートの壁に激突し、34歳の若さで死んだ。
彼は生まれながらのレーサーだった。小さな頃から熱中したゴーカート。あれこそカネもポリティクスもからまない「純粋なレース」だったよ、と懐かしんでいた。F1レーサーとしてトップに立ち、世界中を転戦する生活になっても、故郷のブラジルを決して忘れなかった。ブラジルの国民的英雄と讃えられ、貧しい子供たちを援助し続けていた。
良きライバルだったアラン・プロストとの対比がとても面白い。王者のプロストvs挑戦者のセナ。きちんと引退できたプロストvs引退はできないと言い切ったセナ。
引退できない者がトップに立った時、その者は自分を限界まで追いつめる。
肩や首を限界まで酷使して優勝したレースの後、群がる人々に「身体に触らないでくれ」と頼み、よろよろと歩くセナの姿が痛々しい。彼の身体は優勝トロフィーを掲げられないほど消耗していた。
セナの死の真相はわからない。マシンの不具合か運転ミスかそれとも自殺か。300km/hを越えるスピードでコーナーに突っ込んだ時、何が起こったかわからないが、セナは一線を越えてしまったのだろう。
なんだか「あしたのジョー」を思い出した。プロストとセナは、家族を愛する世界チャンピオンのホセ・メンドーサと真っ白に燃え尽きてしまった矢吹丈みたいだ。

2011年08月23日

「Red Dog」Kriv Stenders

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「Red Dog」の舞台は1970年代の西オーストラリア。Dampierという辺鄙な所にある鉱山で働く男たちと一匹の赤い犬をめぐる実話を元にした映画だ。
オーストラリア各地を始め、東欧やイタリアなどから来た移民たちが、金を稼ぎに大勢やってきて、粗末なトタン小屋やキャラヴァンに住み、毎日土まみれになって働いている。
故郷から遠く離れ、何の娯楽も文化もない土地で、男たちは孤独に苛まれていた。そんな所にやってきた一匹のRed Dogによって、男たちに変化が起きる。金のために働いているだけの根無し草の移民たちの間にコミュニティが生まれるのだ。そんな感動的な瞬間が見られる素敵な映画だ。

この映画でRed Dogを演じたKokoという犬の表情がとてもいい。ケルピーというシープドッグで、とても賢い。うちで飼っていたセイシャを思い出した。
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この犬はヒッチハイクの名手で、死んだ主人を探して、北はダーウイン、南はパースまで何度か往復し、なんと日本まで行き、さらにまたDampierへ戻ってきたという。この映画にも長崎の漁港のシーンが出てくるが、ほんまかいな(^^)。
Dampierの町には映画の通りRed Dogの銅像が建っているそうだ。
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オーストラリアの経済は今も大地をほじくり返している鉱山業に頼っている。そんなオーストラリアの真の姿を見るのにうってつけの映画である。
下はOfficial Trailer。

2011年06月23日

「Oranges and Sunshine」Jim Loach

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Jim Loach監督の映画「Oranges and Sunshine」は、Margaret Humphreysという一人の英国女性が暴きだした、オーストラリア(というか英国)の隠された黒い歴史だ。
1930年代から1950年代、英国政府は孤児たちをオーストラリア、ニュージーランド、カナダ、アフリカなどへ密かに送り込んでいた。その数150,000人。
「オーストラリアへ行ってみないか。毎日陽が輝いていて、朝食にはオレンジをもいで食べられるんだ」と甘い言葉で連れて来られた子供たちを待っていたのは、劣悪な環境での強制労働と虐待だった。
貧困や不義など理由でわが子を手放さざるを得なかった母親たちは、より良い家庭にもらわれていったと信じていたのに。


この英国児童移民プログラムの背景には、白豪主義もあっただろうが、もっと単純な経済原則が働いていたと思う。英国政府にとって、孤児たちを植民地へ捨ててしまうのが、一番コストが安くすむのだ。英国内で養育や教育にかかる費用をカットできるし、現地では安価な労働力として使える。奴隷制度はまだ生きていたのだ。
そんな事実を知ったマーガレット・ハンフリーズは、Child Migrants Trustを設立し、故国に棄てられた子供たちの親を探すため奔走する。一方、彼女が協力を求めた英国政府機関の官僚たちは、そんな政策があったことさえ認めようともしない。
政府は保身を図るばかりで自らは動かないという絶望と、たった一人でもそんな状況を変えることができるという希望、そして孤児たちの深い悲しみとがないまぜになった、優れたドキュメンタリーだ。

2011年06月07日

「Incendies」Denis Villeneuve

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「Incendies(アンサンディ)」はフランス語で、火事・焼け焦げた/燃え尽きた/焦土と化したモノ、という意味。
レバノン生まれでカナダへ亡命してきた劇作家Wajdi Mouawad(ワジディ・ムアワッド)の原作を、同じくカナダ人のDenis Villeneuve(デニス・ヴィルヌーヴ)が映画化した。
以前、映画館で予告篇を見た時、こんなストーリーだと思っていた ― 双子の姉弟の母が急死し、不思議な遺言を残す。死んだとされていた父と、行方不明の兄を捜して、母の手紙を渡すこと。姉弟は母の故郷である中東へ行き、母の過去に何があったか知る。
あらすじはその通りなのだが、ありきたりのヒューマン・ドラマなんかではなく、あまりにも重くショッキングな映画だった。
冒頭でRadioheadの「You And Whose Army?」が流れる中、中東で少年たちが丸刈りにされている。そしてカナダのケベック州の陰鬱で湿った空気と味気ない灰色の高層アパート。物語は1975年のレバノン内戦時代と現在を行き来する。
これが冒頭のシーン。
http://youtu.be/aUSt9TpIUHo

救いようのない悲劇が明らかになってゆくが、画面から目をそらせない。見終わった後もいろいろなことを考えさせる映画だ。
なぜ、母は、自分の子供達にとって、常人には受け入れがたい衝撃的な真実を知ることが必要だと思ったのだろう。「さもなくばあなたたちの心は休まらない(your mind will never be at paece)」
誰にも知られない秘密として自分の中に抱え込んで死んでいくこともできたのに、なぜ? それを知らされてしまった子供たちはこれからいったいどうするのだろう?
そして、なぜ、母はこんな凄惨な目にあっても、「一緒にいるのが一番いい(nothing more than being together)」と言えるのだろう。母の無償の愛?

悲惨な刑務所で過ごした15年間、悲鳴と銃声の中、彼女はいつも歌を歌っていた。
Radioheadを使うなら、最後の墓場のシーンは「Exit Music」にしてほしかったな。

2011年04月05日

「Never let me go」Mark Romanek

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今日は一日、突然曇って雨が降ってきたかと思うと晴れ間が出るといった不安定な天気で、うっとおしい。
おまけに、午後「Never let me go」を観て、気分がどん底に落ち込んだ。カズオ・イシグロ原作のこの映画はとても良く出来ているが、後味が悪い。
背景を説明すると、ネタばれになるが、謂わば「闇の子供たち」が制度化されたイギリスで、特殊な寄宿学校で「飼育」された子供たちの物語だ。まあ基本のアイディアは、昔々たしか星新一が書いていて、それも衝撃的で痛切なエンディングだった。
誰かを助けるために誰かを犠牲にすることは、個人的な選択としてなら受け入れ可能だが、それを制度化してはならないと思う。
強固な制度に支配された人生は絶望的で、自由意志も、選択の余地もないように見えるかもしれない。それでもぼくはそれに抗う人の姿を見たい。人間は粛々と屠殺場へ連れてゆかれる牛とは違うはずだ。
上の写真が主人公の3人。これだけ見ると、ハリー・ポッターの映画みたいだが、実は世にも恐ろしい話である。

2011年02月08日

いまいちの映画

このところなかなかいい映画に当たらない。どれもまあそれなりによく出来ているのだが、映画ならではの面白さや力のある作品にめぐり会えないでいる。
今日は「Another Year」を観てきたのだが、あまりにぼくらの日常そのもので、映画としてはもうひとひねりしてほしかった。イギリス庶民の生活ぶりが等身大で描かれていて興味深いが。
先月観た「Kings Speech」はさすがにストーリーもしっかりしていたけれど、逆にかっちりしすぎているためか、ストーリーをはみ出して迫ってくるような面白さにかける。
昨日の夜、TVで観た、シャネルとストラヴィンスキーの不倫物語「Coco Chanel&Igor Stravinsky」も、終盤のストーリーが妙にバランスが悪い。ストラヴィンスキーの音楽が素晴らしいだけに惜しい。あまりに前衛的な音とダンスに退出する観客と拍手する観客が入り乱れて騒然となる『春の祭典』や、ストラヴィンスキーが静かに時には激しくピアノを弾くシーンは感動的なのだが。

2010年12月27日

「It's a wonderful life」Frank Capra 1946年

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毎年この時期には、映画館でクリスマス用の特別映画が上映される。今年は「A Christmas Carol」や「Miracle on 34th Street」と並ぶ古典的名作「It's a wonderful life」(邦題:素晴らしき哉、人生!)を観てきた。
第二次世界大戦後、戦場から戻ったフランク・キャプラが、1946年に発表したアメリカ映画で白黒である。古い映画だが、ここで扱われているテーマは今でも新しい。結構重たいストーリーなのだが、女の子たちは可愛いし、ユーモアもあり、映画としてとてもよくできている。
冒頭の神と天使の会話。自殺しようとしている主人公のジョージを救ってやれと言う神に天使が訊ねる。「彼は病気なのですか?」「いやもっとひどい。絶望しているのだ」。discourageという言葉がとても重たい。失望する・絶望する・落胆する・意欲を失う・くじく・削ぐ・萎えさせる・妨げる・抑圧する・阻む・etc。
人にとって最悪な状況に陥ったジョージは川に飛び込んで死のうとしていた。その時天使が舞い降りる。といっても下の写真の左側に立っている、さえない爺さんだ。天使としてはまだsecond classなのでまだ羽根はないそうだ(^_^;)。
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ジョージの守護天使だという爺さんは、自殺を思いとどめようとするが、もちろんジョージはそんなイカレタ爺さんの言葉は本気にしない。ジョージは冷たい川に飛び込んで濡れた身体を震わせ、「おれなんか生まれてこなけりゃ良かったんだ」とつぶやく。爺さんは「そういう手があったか」とうなずいて、ジョージが生まれなかった世界に連れてゆく。
その世界でジョージは「透明な存在」だ。誰も彼の事を知らない。妻も母も友人たちも、彼を見知らぬ得体の知れない人として拒む。彼はこの世界で一人ぽっちだ。自分がやってきた事、存在した形跡が一切無い世界で、ジョージはやっと気づくのだ。こんな世界は嫌だ、良いことも悪いこともあった元の世界へ返してくれ、もう一度生き直したい。そして天使はジョージを元の世界へ戻す。
映画の最後、ジョージの危機を救ったのは、やけくそになって妻子に当たり散らして家を飛び出したジョージを見捨てなかった妻のメアリーの「愛」と、ジョージの経営する住宅ローン会社のおかげで家を建てられた町の人たちの「信頼」だ。
ジョージを自殺寸前にまで追い詰めたあくどい大富豪のポッターはまだ生きている。この世界では良いことも悪いことも続いてゆく。それでもこれからは何があってもジョージは「It's a wonderful life」と自信を持って言うだろう。
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2010年12月01日

「Hachi: A Dog's Tale」Lasse Hallström

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「Hachi: A Dog's Tale」Lasse Hallström 2009年

お向かいのリナーテが、友人から勧められた映画で、飼い主が死んだ後も、ずっと駅で待っている犬の話で、最後の方は皆で泣きながら観てたのよ、と言ってDVDを貸してくれた。それってもしかして忠犬ハチ公?と思って観たら、まさしく「ハチ公物語」のアメリカ版だった。
ストーリーは日本人なら誰でも知っているし、監督や出演者も言及している通りsimpleだ。いかにもお涙頂戴の話だが、人と犬の心の結びつきを淡々と描いていて好感が持てる。
監督はスウェーデン人のLasse Hallström(ラッセ・ハルストレム)。「Chocolat」、「The Shipping News」、「An Unfinished Life」など、大げさな作品ではなく、ちょっとひねった人間関係を細やかに描いた印象深い映画を撮り続けている。
Hachiを飼うことになった大学教授を演じたリチャード・ギアは適役。大学の同僚である日本人と剣道をするシーンもなかなか様になっていた。「Shall we dance?」もそうだったけど、日本映画のリメイク版にぴったりの役者なのかな。
主役であるHachiを演じた秋田犬は見事だ。うれしそうに駆け寄って飛びつく様子や、身体を前のめりにし耳を前方に向けて駅前でじっと待っている姿はとても自然で演技には見えない。またHachiが老いて毛並みに色つやが失くなって汚れが目立ち、目付きもどんよりして、とぼとぼ歩く様子がリアルだ。このDVDに特典映像として収められたメイキングによると、同じ犬にメイクし、しっぽや耳に重りをぶら下げ、ゆっくり歩くように指示したそうだ。
Hachiが静かに眠るように死んでゆく時、飼い主と過ごした幸せな日々の思い出がよみがえる。以前「The Bucket List」の感想でも書いたが、星新一の「鍵」を思い出す。あるいは、『ほんとうに出会ったものに別れはこない』と詠った谷川修太郎の「あなたはそこに」。死にゆくものにとって必要なのは、楽しかった頃の思い出だけだ。

このアメリカ版のOfficial Trailerがyoutubeにあった。日本でも公開されて、その予告編もyoutubeにあるけれど、思わせぶりなナレーションと湿っぽい歌が入っていて気持ち悪いな。
下は、とても忠犬とは言えないが、一日15時間寝て食べて散歩に行ければ幸せなチャーリー。
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2010年11月10日

「Made in Dagenham」Nigel Cole

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1968年、ロンドン郊外のDagenham(ダゲナム)にあるフォード自動車工場で働く女性たちが男女平等賃金を求めて立ち上がった実話をもとにしたイギリス映画。
ごく普通の女性たちがふとしたきっかけで男女差別に気付き、平等な賃金を求めて声を挙げ、ストライキやデモに発展してゆく。そしてついに労働大臣(なかなか魅力的な女性)と会って話し合う機会を得て、女性の賃金を男性の92%にまでアップするという約束を取り付けることに成功する。そして大臣が宣言した通り1970年には男女平等賃金法が制定された。
重たいテーマだが、描き方が明るく、よく出来ている。色々あっても気持ちの良いハッピーエンドだし。
40年以上前のイギリスのボロさが面白い。この女性たちがミシンがけをしている建物も廃墟のような状態で、もちろんクーラーなんかない。暑いので仕事中は皆下着姿だ。当然のごとく、男たちが働く工場は、もっと立派な建物である。
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下は、Fair Pay !equal!というスローガンを掲げたデモの様子。当時マリー・クアントが流行らせたホットパンツ姿が可愛い。
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1968年は重要なターニング・ポイントだった。パリの五月革命は世界的な学生運動に波及し、チェコではプラハの春が起きていた。ヴェトナム戦争は泥沼化し、キング牧師やロバート・ケネディが暗殺されたが、未来は自分たちの力で変えられると、まだ素朴に信じられた古き良き時代だ。そんな夢と相互扶助が生きていた地域社会は、この10年後、マーガレット・サッチャーによって息の根を止められた。同じ女性だからという共感はサッチャーにはない。残念ながら夜明けは近くはなかったのだ。

2010年04月16日

「The Hurt Locker」Kathryn Bigelow

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「The Hurt Locker」(ハート・ロッカー)は今年のアカデミー賞で作品賞など6部門受賞に輝く名作のはずなのだが、実際はなんとも中途半端な<反戦>映画だった。映画の冒頭で明示される「war is a drug」というメッセージに沿うなら、主人公の戦争ジャンキーぶりをもっと強調すべきだ。あのラストシーンでは、自ら望んで戦地に向かう勇敢さを称えるように思えてしまう。
砂漠の中での銃撃戦では、この明るい太陽の下で俺たちはいったい何をやっているのか、と静かな青い空を仰ぎ見たくなるような虚しさを表現していたのに、その後のストーリーにつながっていかない。イラクの爆弾テロの残虐さと対比されるように、アメリカ兵がイラクの一般人に対する礼儀正しさが強調され、主人公の熱血漢でイイ人ぶりが描かれるばかりだ。
麻薬も戦争も金儲けになる。カネになるなら、私たちの良いココロもうまく利用される。勇気も祖国愛も、やりがいのある仕事や熱い友情も、誰かを儲けさせるよう使いたされるのだ。今は戦争が会社の事業として進められる時代だ。私たちはそのからくりに敏感であるべきだと思う。
ヴェトナム戦争の後、たくさんの映画が作られた。多くの人々を感動させ、映画産業を儲けさせた。シルヴェスター・スタローンのランボーの頃からアメリカは全然変わっていない。残念ながら。

2009年10月19日

「UP」Pete Docter

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「UP」はディズニーのPixarが作った最新作。
この映画のベースになっているのは、クリント・イーストウッドの「Gran Trino」やオーストラリア映画の「The boys are back」と同じく、最愛の妻を亡くした男の再生の物語。と言ってもこの三作の印象は全然違うが。
導入部で爺さんと亡き妻の二人が小さい頃に出会ってから結婚し年老いて死別するまでの人生が描かれる。いかにもな話かもしれないが、これが涙を誘うほど良くできている。
南米に行ってからの冒険シーンも面白い。風船の浮力と釣り合った重さの家を引っ張って歩きまわるというアイディアが秀逸。南米で敵役になる爺さんもいいキャラクターをしている。爺さん同士の戦闘シーンは情けないが(^_^;)。人間味あふれる(?)犬や鳥も可愛い。
それにしてもピクサーは男の子(爺さんまで)を描くのがうまい。「Nimo」や「Ratatouille」、「Wall-E」など皆男の子の物語だ。宮崎駿が魅力的な女の子(婆さんまで)を描くのが得意なのと対照的。