2019年11月23日

今日で7ヶ月目

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ヘレンが逝ってしまってから、今日で7ヶ月経った。
今も心にぽっかり空いた喪失感を埋めることができず、時折、悲しみに不意打ちされて落ち込む。
以前より音楽は聴けるようになってきたが、歌はまだまだ辛くて聴けないものが多い。人の声の生々しさに耐えられない。
下は、やっと聴けるようになった、ショパンのノクターン。


一昨日、奇妙な夢を見た。
南イタリアかスペインにあるような薄暗い教会の中で、突然、ヘレンを見つけた。僕は嬉しくて、ヘレンをハグしてキスし、いつまでいるの?と訊ねた。なぜか、僕らはもうお互いに会えないことを知っていた。ヘレンは、15日まではここにいるから、と言った。
夢の記憶はここで途切れている。
へレンの夢を見るのは辛い。『夢でもし逢えたら素敵なことね』という歌があったが、まだそんな気にはなれない。

毎年、家族の写真を入れたクリスマスカードを作っていたのだが、今年はやめることにした。
日本では喪中の場合、年賀欠礼状を出すので、僕も何かカードを出そうかと思い、作業を始めてみたのだが、どうしてもできなかった。写真を選んだり文章を書くことができない。
申し訳ないが、このブログや僕のfacebookで、欠礼の告知をするだけにする。
posted by Tats at 13:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 家族と友人たち
この記事へのコメント
うん。無理に辛い作業をすることないからね。突然、ほんとふいに、悲しみに巻き込まれること、あると思う。わかるよ。私はK子おばのことでスイッチ入ることがある。(くらべものにならないと思うけど)
歌を聞くのは辛いなら、大声で歌ってみるのはどうだろう。
Posted by hal at 2019年11月23日 23:19
僕はまだ悲しみとの距離のとり方がうまくできないのです。
忘れることはできないけれど、それに耽溺することもまずい、と、わかっていても、なかなかうまくはいきません。
Posted by tats at 2019年11月24日 20:03
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