2019年12月02日

グリーフケアとお別れ

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7月からグリーフケアのサポートグループに参加して、月一回ミーティングに通っていたが、今日でやめることにした。
いつも12人くらいの参加者がいて、それぞれの悲しみを語りあう。ただし意見や助言はしないというルールがあるので、話しっぱなし、聞きっぱなしだ。
皆の体験はそれぞれ興味深く、僕もある程度自分の状態を表現できるようになった。
一人が語りながら流す涙は伝染し、僕らの横に置かれているティッシュの箱はすぐに空っぽになってしまう。
泣くことは押し込めていた感情を開放し、カタルシスを生む。それは僕らにとって、悲しみを受け入れるために、必要なプロセスなのだろう。
ただし、悲しみに溺れたままの状態でいることは、アディクションの一種だと感じた。
僕らは皆、簡単に何かに囚われ、アディクションになる。アルコール・クスリ・ギャンブル・宗教から仕事・買い物、そして悲しみに溺れることも。
僕はアディクションの状態にいたくない。そう感じたのは、僕がそこから抜け出す用意ができているのだろう。そう思いたい。
大丈夫、またこういう場が必要だと感じたら、戻ってくればいいのだから。
posted by Tats at 19:52| Comment(2) | TrackBack(0) | シドニー日記