2019年10月14日

グリーフケア・ミーティングの日に

今日はグリーフケアのサポート・グループの定例会に行ってきた。月一回、誰かを亡くした人たちが集まってお互いの話をする。12人の参加者のうち半数は初めて来た人たちで、男性は僕を入れて3人だけだった。
3人のファシリテーターに促されて、皆が順に自己紹介をし、今の心境を語る。
皆それぞれ状況は違うのだが、同じように悲しみを抱えて、毎日が辛いと感じている。体験をシェアする場があるのはありがたいことだ。私は今こんななんだけど、そっちはどう?なんとかやっていけそう?と、声にならない声を掛け合っているような気分になる。ここに来ている人たちにとって、今はその気分だけでも救いになる。ファシリテーターが繰り返し言うように、悲しみが癒えるのに決まったスケジュールはないのだから。
それにしても僕にとって今年はとても悲しい年だ。
約半年前にヘレンを、三ヶ月前に叔母を亡くした他に、僕の尊敬する二人、橋本治と遠藤ミチロウが逝ってしまった。
この二人は、1970年代が終わる頃、ベルリンの壁が壊れるより10年も前、バブル経済に向かう時代との反作用で生まれたかのようなマイナーな音楽と文学とマンガが混在していた世界に登場した。
橋本治がごく少数のマニアしか読まない雑誌『だっくす』や『ぱふ』『映画秘宝』『少女アリス』等に書いていた評論は、どれも衝撃的で、目を見開かされた。
小さなライヴハウスで歌っていた遠藤ミチロウは、80年以降になるとスターリンというバンドを組んで、過激なライヴを拡大していった。後にデビューLP『trash』に収録された、法政大学の学生会館大ホールでのライヴは壮絶だった。爆竹が炸裂するステージに登場したミチロウは最前列の客に小便を引っ掛け、僕の方にも臓物らしき何かぬるぬるしたモノが飛んできたが、轟音の中で歌うミチロウは美しく、地の底で光輝いているようだった。
橋本治の『秘本世界生玉子』とスターリンの『trash』が発売されたのは、共に1981年だった。もう38年も前のことだが、この本とレコードを手にしたときの興奮は今でも憶えている。心が震えるロジックと文章、声とリズムを何度も味わうことができてうれしかった。
彼らはもうこの世にいないが、たくさんの素晴らしい作品を遺してくれた。逝ってしまった人たちに、生き残ってしまった僕らにできるのは、ありがとう、と言うことだけなのかもしれない。

橋本治の映像講義【予告編】

親友のPANTAが橋本治に贈った歌「冬の七夕」

遠藤ミチロウ『お母さん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました』予告編

遠藤ミチロウ「Just Like a Boy」
posted by Tats at 20:01| Comment(0) | TrackBack(0) | シドニー日記